「人を殺しておいて、幸せになるなんてとんでもない」という意見があることは承知のうえで、加害者が「幸せ」にならなければならないと、著者は主張する。
“実は幸せになることこそ、更生と関係あるのです。なぜなら人とつながって「幸せ」になることは、「人」の存在の大切さを感じることになるからです。そして、人の存在の大切さを感じることは、同時に自分が殺めてしまった被害者の命を奪ったことへの「苦しみ」につながります。皮肉なことに、幸せを感じれば感じるほど、それに伴って、苦しみも強いものになっていきます。この2つの矛盾した感情のなかで生き続けることは、私たちが想像できないくらい苦しく辛い「罰」となり得るのです。更生とは、幸せと苦しみの両方を受け入れ、「絶対に自分を許すことのない被害者の存在」を自分自身の命が絶えるときまで忘れずに生き続けていくことと私は考えています。真の「更生」には「終着点」がないのです。”(米光一成)